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2018-10-25

どうせなら楽しく生きたいな。なにからだって人は学べる

 

最近すごく思うことがあります。

それは、日常のどんなに些細なことからでも、どんでもない一大事からでも人間は何かしら学べる生き物なんだなということ。

 

 

人生楽しいことばかりじゃない

まだ20年とちょっとしか生きていませんが、これまでを振り返ってみると普段はヘラヘラしてる僕でも楽しいことばかりではありませんでした。

 

大好きだったじいちゃんとばあちゃんが同じ年に仲良くこの世から旅立ってしまったり、大学受験に失敗したり。仲良くしていて欲しかった両親の離婚も。

 

最近ではビザが取得できずに、フランスへ7ヶ月留学したかったのが3ヶ月しかいられなくなってしまったこともありました。

 

基本どこかネジが抜けていて日々の些細な凡ミスも数えたらキリがないので数えませんが、人生いつも楽しいことばかりじゃないのは確かです。

 

でも、こういう出来事も今の自分を作るのに必要不可欠な要素であって、間違いなく今の自分を形作っています。

 

 

ネガティブな感情も大事。でも

自他共に認めるスーパーポジティブな僕でも、さすがにそいういうことが起こったら落ち込むこともあります。

さすがに1ミリも落ち込まないことはありません。

 

ただ、いつも気をつけていることがあります。

それは、必要以上に落ち込まないということです。

 

どこからが必要以上かと言われると難しいですが、長くても2日以上はマイナスの感情に浸らないようにしています。

だいたいは1日ぐらいそのことを考え続けたら、感情と事実を切り離して考えます。

 

 

学べることはないか考えてみる

落ち込むことももちろん必要だと思います。

でも、ただ落ち込んでいると時間が過ぎていくだけです。

 

大事なのは、ただマイナスの感情に支配されるのではなく、そこから学べることはないか考えることです。

過ぎてしまったことは、いくら悔やんでも悲しんでもその事実は変わりません。

 

落ち込むことがあっても、私たちが進んでいくときの中を生きているかぎり、その感情と共に、時には乗り越えて生きていかなければいけないのです。

 

 

人生に無駄なことは無い

どんなに悲しかったり落ち込むようなことでも、必ず何かしらの学べる点があるはずです。

 

じいちゃんばあちゃんとのお別れからは、いつその時が来てもいいように悔いのないように生きることの大切さを。

大学受験失敗からは、物事に計画的に取り組むことの大切さを。

両親の離婚からは、人とのコミュニケーションの大切さを。

ビザの件からは、やっぱり自分はどこか抜けているから過信してはいけないということを。

 

のようなことをそれぞれから学ぶことが出来ました。

何事も捉え方しだいです。

 

一つのことに囚われていつまでもクヨクヨしてる場合ではありません。

そんなことをしている間にあっという間に時間が過ぎ、人生が終わってしまいます。

それではあの世に行った後も自分の人生を楽しめなかったことに落ち込み続けることになります。

 

せっかく生まれてきたなら、楽しくない時間より楽しい時間が多いほうが良いです。

 

 

 

ふと、こういうことを思ったので書いてみました。

最後まで読んでいただきありがとうございます 🙂

 

 

 

 

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